中山七里さん著「境界線」レビュー 〜倫理観と希望を問う、震災の影を背負ったミステリー〜

とし日記
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こんにちは、とし(toshi_kaigo_go)です(^^)

中山七里さんの小説『境界線』は、前作『護られなかった者たちへ』で登場した刑事・笘篠誠一郎を主人公に据えた作品です。

前作との繋がりもたくさんあるのでぜひ合わせて読んでみてください(^^)

前作は映画化もしてるのでそちらも見ておくとキャラクターのイメージが湧きやすくなりますよ!




本作では、東日本大震災を題材に、行方不明者の個人情報漏洩問題を軸にした濃密なミステリーが展開されます。

あらすじ:震災で流されたもの

物語は、笘篠が被災者支援NPO法人「キズナ会」のチラシを目にするところから始まります。この一見何気ない組織が、後に物語の中心で大きな役割を果たすとは想像もつきません。

最初の事件は、震災で死亡したはずの妻の免許証を持つ見知らぬ女性の遺体発見から始まります。その女性の顔は妻とは異なり、薬の大量摂取による自殺として処理されます。しかし、笘篠は妻の免許証が偽造された経緯に強い疑問を抱きます。刑事としてではなく、一人の家族として、この問題に深い怒りを覚えた彼は、事件の裏に潜む謎を追い始めます。

さらに、もう一つの事件が発生します。顔が激しく損傷し、指を切断された上に胸を刺された男性の遺体。この被害者も震災で行方不明となり、別人として生活していたことが判明します。行方不明者の家族が希望を持ち続ける中、彼らの個人情報を利用して他人の身分を作る者たちが存在することが明らかになります。

震災が変えた人々の倫理観

物語が進むにつれ、個人情報を漏洩させていた「名簿屋」の存在が浮上します。前作でも登場した彼は、半グレとして暗躍する人物であり、過去に「キズナ会」代表の男と接点がありました。

二人は高校時代、荒れた学校で出会います。真面目に頑張る「キズナ会代表の男」に惹かれた「名簿屋」は、詐欺行為でヤクザを出し抜くという危険な成功を収めます。しかし、「キズナ会代表の男」は震災を機にかつての倫理観を失い、死者の戸籍や個人情報を必要とする者たちに売り渡す道を歩み始めます。その背景には、震災時の壮絶な体験がありました。彼は高台に避難しながら、目の前で多くの命が奪われる光景を目撃しました。その中にはランドセルを背負った少女もおり、助けようとするも無力だった自分がいたのです。

「心も流された」という言葉が印象的です。この瞬間、彼は人間としての大切な倫理観を失い、他人の命や身分を商品と見なすようになります。

境界線が問いかけるもの

笘篠が犯人と対峙するクライマックスでは、震災が引き起こした二人の対照的な反応が描かれます。一方は人間の尊厳を守ろうとし、もう一方は倫理観を放棄しました。同じ津波の現場を経験しながら、なぜここまで異なる道を歩むことになったのか。

本作のタイトル『境界線』は、この対比を象徴していると言えます。希望にすがる者と希望を失った者。その線引きはどこにあるのかを問いかけられます。

感想

『境界線』は、単なるミステリー小説ではありません。震災の悲劇と、それが人々の倫理観や価値観に与える影響を深く掘り下げた社会派作品です。

登場人物の背景が丁寧に描かれ、読者に彼らの選択を考えさせます。

震災を経験した私たちにとって、本作は過去の出来事ではなく、今なお続く課題を浮き彫りにします。

死者の身分を利用する行為の背後にある歪んだ倫理観と、そこに至るまでの心の変化を知ることで、被災者の抱える見えない痛みを感じ取ることができるでしょう。

『境界線』は、倫理観と希望の狭間に揺れる人々の物語として、深い余韻を残す一冊です。

震災というテーマに真正面から向き合った本作を、ぜひ手に取ってみてください。


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